こんにちは、エンドウです!
つい先日「昔と比べて変わったね、前のエンドウの方が良かった」と言われました。
変わることに対して肯定感しかなかったので、この一言には正直驚きました。
いい機会なので、私が思う「変わる」ということについて書いていきたいと思います。
- 過去の自分に引きずられている方
- 生き方に悩んでいる方
- 変わりたいと願っている方
- 変わりたいと願っていた過去の自分
目次
変わりたいとずっと願っていた幼少期
お化けよりも人から嫌われることの方が怖かった昔の私

いつも人の目を気にして、自分の意見を言えない女子でした。
愛想よくしているつもりが、友達からは「八方美人」だと言われたり。
なので、小中高と、自信を持って「友達だ!」と言えるような子はいませんでした。
私はそれが嫌で嫌で仕方ありませんでした。
「自分が思っていることを、しっかり人に伝えたい」という気持ちをずっと抱いて過ごした学生生活でした。

変わるきっかけ
そんな私が自分でも変わったなぁ自分と思い始めたのが、つい1~2年前。
クラウドファンディングで資金を募りながら一人でアメリカ西海岸を縦断したのがきっかけです。
クラファン中は活動報告として日記を綴り、更新するようにしていました。
そして、日記の更新報告は必ずインスタ(リア垢)のストーリーにあげていました。
当然私の友達は
となり、いくつかメッセージも受け取りました。
自分の意見をまったく言わなかったわたしが、なぜいきなり変われたのか。
日本とアメリカの距離がわたしを変えてくれた
1番の要因は、日本という国から物理的に遠く離れたことが一番大きかったと思います。
日本から11時間も離れたアメリカで暮らしていると、同じ時間軸で過ごしていないような感覚があるんです。
日本で起こっていることは、どこか他人事になるというか。
海外に長期滞在されたことのある方なら分かってくださるかと思います。
私が何か発言しようと、直接的に嫌味を言ってくる人はいない。
そして、アメリカという文化も何もかもが違う国で起こる非日常を誰かに共有したくてたまらなかったんです。
なので自分の考えを発信することに少しの怖さはありましたが、タガが外れたように日記を更新している自分がいました。
わたしが思う「変化」について
居心地の良さは「変化」と対極にある
おそらく多くの人が望むであろう「居心地の良さ」を私はあまり得たいと思いません。
なぜかというと、居心地が良くなってしまうと、成長のバネが急に貧弱になってしまうからです。
そして私は、いい意味でも悪い意味でも飽き性なので「安定」した環境にすぐ飽きてしまいます。
何かに渇望し、何かを得るために動き、得た後には新しいものが欲しくなる。
これこそが、私の生きがいでもあります。
なので私は常に変化を求め続けているわけです。
人生はゲーム

- 「~ができなかったら恥をかく」
- 「事業が失敗したら食べていけない」
というネガティブな考え方よりも、あらゆる物事をゲーム化する方が圧倒的に楽しいです。
実際私も、SNSや発信者として活動することに疲れることはあります。
けれど、これをゲームだと思えば急に楽しくなるのです。
とPDCAを回します。
そうして得た実績が新しい仕事(ゲーム)につながる。
たまに「リスクを取るのが怖い」という言葉を耳にしますが、本当にこの世界にリスクなんてものはあるんでしょうか?
日本に生まれた限り、リスクを取って失敗したとしても死にはしません。
「リスク」とは、人間が作り出した幻想であり逃げ道を作るための言葉だと思います。
わたしは、自分がこの世に生まれた意味を考えた時「自分にしか歩めない人生にしよう」と決めました。
なので私はこれからもリスクを取り続けます。
変化=成長

そうしていくと、自分のレベルがどんどん上がっていることに気がつきます。
実業家の本を読んでいる時、ニュースでコメンテーターが話している内容。
行動を起こす前の自分は理解できなかったようなことが、スラスラと耳に入ってきます。
自分が変わったから、知識が増え、成長したのです。
変わるためには何をすればいい?

変わりたいと願うのなら、自分の中にある「好き」と「違和感」を大切に持ってください。
自分はどんな事柄に対して、「好き」だと感じるのか、「違和感」を感じるのか。
私の場合好きだと感じるのは、自分の考えを言語化し、人からの共感を得られた時。
違和感を感じるのは、社会の常識とされていることを強要された時。
だから私は今、歯科衛生士をやめ、発信者として自分の言葉を届ける活動をしています。

「好き」と「違和感」は人生の大きな指針となります。
また、自分の「好き」や「違和感」に対して確固たる自信が持てず、軸がぶれた状態で人に話すのはやめておいた方がいいかもしれません。
人の意見というのは、時に危険な判断材料となります。
他人の評価軸や基準を取り込んでしまい、せっかくのアイデンティティが消えてしまうのは、とてももったいないことです。
なので、最初のうちは自分にしか見えない景色や価値観はこっそり育てておきましょう。
哲学者ニーチェの言葉にこんなものがあります。
“樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、
それは果実だと誰もが答えるだろう。
しかし実際には「種」なのだ。”
木がなる前に種を品種改良しないようにしましょう。
自分という樹木を育てるためにも。
変わってから起きたこと
時間を大切にするようになった

今までは誘われたら必ず参加していた飲み会も、断るようになりましたし、自分が本当に会いたいと思う人としか会わなくなりました。
聞こえは悪いですよね、いつか孤独になちゃいそうだな。と自分でも思います。
しかし一度考えてみて欲しいのが、自分に残された寿命についてです。
今の日本の平均健康寿命は男性が72歳、女性が74歳。
そこから逆算すると、わたしが生きれるのは残り51年。
「あと18,615日しか健康な体で自分の人生を過ごす事が出来ないんだ」と考えると、ゾッとしました。
それからは、自分が本当に価値を感じるものだけに時間をかけるようになりました。
デメリットは意外と少なかった

強いて言えば
- 昔の友達と疎遠になる
- 「昔の方が良かった」と言われる
などです。
少しさみしいですが、何かを捨てなければ新しいものは得られません。
仕方のない話です。
まとめ
未来から逆算して今の行動を考えよう

無理に変われとは言いません。
ただ、未来をしっかり見越しておくようにしましょう。
つい先日、トヨタの社長が終身雇用の崩壊を諭しましたね。
それらを知識として知っておくのか、それとも自分ごととして捉えるかは人それぞれです。
しかし、それに伴って生き方や働き方を変えている人となると少ないのが現状です。

もう、誰も自分を守ってくれない。
自分の人生の責任は自分で取るしかないのです。
日本屈指の大企業が「面倒見きれない」と言ったのはそういう意味だと思います。
会社に勤めるメリットももちろんあります。
福利厚生、税金関連、安定したお給料。
ですがそれ以上に大切なことは「自分の社会でのポジションを明確に理解し、社会の波に乗るように常に変わっていくこと」ではないでしょうか?
だから私は今、こうやって生きてます。
と思われるかもしれませんが、わたしは自分の信念を貫いて生きていきます。
